2018年6月29日金曜日

役を生きる

628 WakuWaku 担当 土井

先週は地震の後の建物検査の為、会場はどこも利用できず休講に。でも、皆さんカラオケボックスで3時間自主練習されました。高槻は震源地でしたが皆さんご無事で本当に良かった。現代劇場もホールは当分使用出来ません。震災は終わっていません。

さて2週間ぶりに、続きの22ページ最後から稽古を。
人が多い場面は特に何度も稽古し、動きや立ち位置をあれこれと試行錯誤したいもの。1週間もすれば動きを忘れるならば、必ず台本にメモして稽古を積み上げましょう。
舞台上の構図が固まらないように、移動して立ち位置の変更を考えますが、わざとらしくなるのも嫌です。あれこれ試すうちに良いものが見つかるかと。人間、「もと居た場所に戻る」という習性があるとのこと。なんか落ち着くのでしょうかね。自分の行く場所、ちょっと観察・意識してみましょうか。

同時進行で会話が進む部分は、特に今後もっと練習したいところ。
全員で同じ台詞を言う時にも、自分の思いとテンポがあります。其々の個性と思いを出せるものにしたいですね。揃ってなくて全くいいのです。

今日は特に田淵と池田のキャラクターについての指示がありました。皆さん其々に自分の役を(共感できるかどうかはともかく)育てていることかと思います。実際の人間ではないけど、想像する時点でその人物が存在する気がします。
子役はときに役から戻れなくなる事があるそうですが、大人もそういう事ありますよね。電車でひとりぼーっとできる時間など、役の人物になり代わることもあったりして。

最後まで終わったら今日は一度通すつもりでしたが、時間がなくなりフリーミーティングしました。次週は通したいと思います。時間が足りないです、ほんと。


2018年6月26日火曜日

プロンプの多様性。

2018年6月26日 そよ風ペダル 担当:梶川

地震があった影響で先週は休み。
今日も予約していた富田ふれあい文化センターは使えずで、久しぶりの高槻現代劇場です。
毎回のアップ終わりで一声合わせていますが、現代劇場の和室が声の響きが違いまして。
ズレがよくわかります。
裏を返せば揃うと気持ちがいいということです。

そして来週からはリーダーはドイツへ行かれてお休み。
その間は自主練習になりましてセリフ覚え期間にはいるわけですが、それに先立ち脚本を外しての立ち稽古。
ほとんど覚えてないわけですが、プロンプを多用してなんとかシーンを進めていきます。
セリフが出ない不安や緊張から素の状態に、役者でさえなく普段のその人で舞台にいてしまっているのをやめて、とにかく物語を進める、役柄であり続けることを優先する。
意識を外に開き続けるというワークだなと感じます。
セリフを思い出そうとしたり間違えていないかという不安から意識がうちに向かっていきます。
そしてわからなくなるとプロンプターの方を見てしまいます。
これは信頼の話かもしれません。
役者のやるべきことはセリフをいうことではなく、その役柄としてただ舞台に生きていること。
いっそセリフを言わなければならないとは思わず、そのことはプロンプの責任だと開き直って、ただそこにいて周りの役者を見て、話を聞いて、プロンプからセリフが来たらさもわかってましたよという気概でとにかく話を前へ前へ。
プロンプターを信じる、相手役も役柄で居続け先へ進もうとしてくれていると信じる。
信じることと役柄であり続ける気概さえあれば舞台は流れ続けていくのです。
セリフを覚えていなくともなんとでもなる。
何なら代役なんでセリフは覚えてませんよくらいのことがうまくいったりします。

不安になって心が閉じるなら代役だと思いこんでやってしまえばいいのかもしれません。
新たなプロンプ芝居でした。

脚本の引き締め。

2018年6月26日 恍惚一座 担当:梶川

先週はお休みでしたが、追加された脚本は2ページ。
あれ、山口さん、何をされていたのでしょう。
はい、脚本を根本的な見直しが行われていました。
これまではアイデアだけが先行して未整理にゴールの見えぬまま突き進んでいる印象でした。
つまりはゴールをどうするかを考え、そのために登場人物は何を目的にするのか。
物語の軸、お客さんが何を手がかりに作品を見続けるのか。
感情移入すべきキャラクターが変更されたり、軸に対してのサブテキストがどう関わるのか。
アイデアを構成に落とし込んで、その上でのシーン追加2ページです。
やっと全員で作品の意義のようなものを共有できた気がします。



2018年6月15日金曜日

演じる恥ずかしさを演じる

614 WakuWaku 担当 土井
実際の舞台の大きさをバミり、稽古を始めました。
舞台上に物が多い上、今回は出ずっぱりの役が多いのです。モノやヒトで溢れた舞台を動く。どうしてそこに動かなければいけないのか、その意味(必然性?)をしっかりと把握すれば本番近くまで本当の道具をつかえなくても、臨機応変に対応出来るのではないかと思います。もちろん早くから本当に使う道具で稽古できたらいいのですが。とかく机や椅子があると座ったまま芝居が進みがち・・・それはつまらないです。

其々の役の性格について都度、説明が入ります。皆さん、今手探りで各々の役柄を想像していることかと思います。役の中で本心に気づいていない、という場合もあります。また、劇中劇を演じる恥ずかしさを演じる、ということもあって・・・。奥深いです、演劇。見えないことを演技する、心で思いながら表には出さない・・・その人(の気持ち)になりたいです。


2018年6月12日火曜日

雰囲気を操る音楽。

2018年6月12日 そよ風ペダル 担当:梶川

今日の稽古ではみなさんの演技についての演出も提示されつつ、シーン中に流れる音楽の検証がなされていきました。
歌を歌うためであるとか、環境音であるとかはこれまでのそよ風作品でもありました。
しかしシーンの雰囲気を補強する音響というのはこれまでなかったように記憶します。
音楽が流れますが気にせず演技を続けてください筒井さんから。
いや、とっても気になります。
音楽の種類からですかね。
主張が強い音なのか。
シーンの雰囲気を補強と書きましたが、これはかき乱しているのですね、きっと。
音楽自体が一つのユーモアとなっているのですね。
まだ検証中なのでどうなるかわかりませんが、新たな音の使い方になりそうです。

風呂敷の中身。

2018年6月12日 恍惚一座 担当:梶川

予告どおり細切れだった話がチグハグになっていた脚本を書き直して来られました。
だいたい半分の分量ではないでしょか。
同じページ数をかけて広げた風呂敷を回収していく感じでしょうか。
風呂敷の中には労働格差、働き方についてというのと自己顕示ではない夢の描き方についてではないかと個人的に読み解いています。
つまりは最初のシーンでそれが提示されていますから。
終わりで労働格差がどう変化するか。
夢はどのように叶うか。
その間をどう埋めるか。
山口さんはそこで頭を抱えつつ、私は舞台セットをどうするかで頭を抱えます。
小さなシーンが積み重なっていく構成なので、場所がどんどん変わっていきます。
椅子やらベンチやらテーブルやら、何をどう用意するか。
松山公演もあるので大掛かりなセットを考えると運ぶのが大変だったり。
さてどうしたものやら。



2018年6月8日金曜日

台本配付

67 WakuWaku 担当 土井
今日はいよいよ完成台本配付の日。直前に見学のお申し込みがあり、その方達の前で出来たての台本を読み合わせすることになりました。

1515分に開始し、1615分頃に終了。ほぼ1時間。32ページというページ数の割に時間が短かったのはテンポがいい作品なのですね。先月稽古したシーン、全く一緒ではないですがこの台本の一部でもあるので、スムーズに読めたことは確かです。

「それまで当たり前だと思っていたことがそうではなくなった時に、揺さぶられる人間の様子を伝えたい」と先生。
そして、前回公演から長い時間が経ち、皆の芝居が「重くなって」います。それも払拭したいものです。

休憩後、1630分から立ち稽古。先月稽古した役柄と全員同じなので、あらかじめ役に対する思いはある程度出来ています。が、先月とはまた違いもありますし、深くもなっています。
今日は6ページの最初、岩山と大谷が入ってくるまでを立ち稽古する事が出来ました。

池田の「嫌味な感じ」は、出しすぎるくらい出しましょう。嫌味は、演じるあきちゃんとは縁遠いものだと思いますが、それを楽しむ事がお芝居の楽しみかも。そして嫌味な人がポロっと良いところを見せるととてもホロッと来るのですよね。いろいろなテレビドラマの印象的な嫌味な役を思い出したり。近いところでは「ごちそうさん」のキムラ緑子さん・・・昔では・・・冨士眞奈美さん?・・・池田はそんなに意地悪ではないかな。ともあれ悪役?を楽しんで下さい。

佐竹は、そんな池田にビビりながら、どの位自分の思う教師像を出すのでしょうか?その割合が難しいですね。
田淵と池田のやり取りでは、立ち位置に動きがあります。今日やったのを覚えつつ今後も試行錯誤して、より良いものを作りましょう。






おおげさとあっさり。

2018年6月5日 そよ風ペダル 担当:梶川

遅ればせながら、稽古場を測って実寸をとっての稽古に入りました。
いろんなことが本番を想定して決まっていきます。
演技もしかり。
細かくいろいろ決まっていきます。
視線のこと、小道具の置き位置、やり取りのテンポ。
今回の作品に関して、やり取りをゆっくり行いたいと言われています。
わたしの解釈ですが、それはでも間延びしたテンポにしようということではないと思います。
セリフの緩急とよく言われますが、日常のやり取りや会話重視になるとある程度のところで抑揚が制限され、そしてやり取りも早く展開されがちです。
緩急をつけるとして、普通に考えるとおかしいだろうというところまで今回はやってしまおうということ。
そこにユーモアが宿るのではないか。
つまりわざとらしいくらい大げさに演技する。
もちろん全てが大げさだと緩急はできませんので、あっさりするところはこれでもかとあっさり演じる。
もしかすると役者さんによって大げさが得意だったりあっさりが得意だったりが分かれるかもしれません。
不得手な方をどう演じるか。
もしかするとそこが今作品での課題になっていくのかも、しれませんね。

2018年6月5日火曜日

ラストダンスは私と

2018年6月5日 恍惚一座 担当:梶川

今日から広い稽古場所になり、本番どおりの実寸をとって稽古していきます。
また今回は衣装の早替えがたくさんありそうで、はけ口がどこか、何を着るかが大問題です。
衣装をどうするかについての話も出てきました。
追加シーンも届きました。
本番中だった山口さん、頑張れれたようです。
書かれてきたのはずっと情報として足りていなくて書き足してきますと予告されていたところ。
登場人物の関係を変えるためのシーンでした。
その中で歌を歌います。
ラストダンスは私と。
有名な懐メロらしいのですが、残念ながら私は知りませんでした。
そして今回の作品のタイトルもこちらから拝借です。
このシーンでも歌いますし、最後には盛大に全員で歌う予定です。
これまでの恍惚一座のタイトルはカヌーラジオ、アトリエジャマイカ、オーロラジェンカ、ハウスホールドと名詞が2つという流れがあったわけですが。
ラストダンスならという話もありつつ。
さておき、タイトルが決まりました。
はりきって創作していきましょう。

2018年6月1日金曜日

自主性を大切に

531 WakuWaku 担当 土井
先週に引き続き、1場面、2場面に分かれて稽古をし、最後に発表です。
1場面チームは早くから来て、ロビーで稽古を始めていました。ここの場面では心の機微を一つ一つ繊細に受け止めましょう。苦手な音楽教師と2人きりになった緊張感が相手に伝わります。笑いを用いてなんとか緊張を隠したいのですが。
保健の先生は音楽教師とは仲がよく、リラックスしつつ言いたい事は言います。
ひとりになり体育教師はやっと喫煙できる開放感を持ちます。

2場面チームは、ラストの方で「山田くん」がいるかもしれないという台詞に皆が反応し動くところから皆で稽古を始めました。ラストの音楽教師の知らせに、どの時点で走り出すかということも、議論していました。

先生から個々の癖について指導が入ります。語尾が上がり直接感情をぶつける癖をやめて笑いながら楽しく喋る術を身につける・・台詞を盛らずサラッと言う・・・傲慢で断定する言い方を身につける・・・軽やかに・・・。
「立つタイミングは何処ですか?」という質問に「指示ではなくアドバイスをします」と先生の言葉がありました。先生に最初から決めてもらうのではなく、まずは自分達で考えて動いてみる「自主性」を大事にしたいのです。

長くいた場所に戻りがちな俳優の習性がありますが、絵を変えるために立ったのだから、元の位置には戻らないように。
ラストで重大な知らせが来ますが、リアルな驚きは時間を置いてから来るものです。

4時半すぎより通し5時すぎに終わりました。
まず、「テンポを大切にする」事です。
0.1秒の緊張による台詞の遅れがテンポを崩します。台詞が出ないときも、相手を感じ、プロンプ無しでやりたいのです。ひとりで稽古するとき、全員の台詞を口に出して読んでテンポを掴む事で相手の考えていることがわかって来ます。

先月末に台本を頂き、今月末に発表するという制限時間の中でよく頑張りました。この台本を頂く前に、「山田君の処分についてそれぞれが考えてくる」という宿題が出ていたのですが、この台本をやることになりました。でもそれぞれが考えてそれを発表する事も大切にしたいことです。

さあ!来週は公演台本が出来上がります!