2020年11月30日月曜日

与えられる役割

 11月24日 そよ風ペダル 担当:飯坂

先週に引き続き、筒井さんがセリフを少し直してきてくださった、筒井版「かんしゃく玉」を読みました。
今回も男性・女性ということを積極的に意識しないで読んでみます。というと、果たしてそれはなんなのか。外側ではわかっているつもりでも、深く内側へ潜っていくと、ちょっと難しいなぁと思いながら稽古を見ていました。

一通りやってみて、感想をシェアします。
筒井さんは、見ていてとても見やすかったということです。
男性っぽくやろうとすると声を少し低くしようと、意識的か無意識かはさておき、そうしようという意思が見えてきます。女性っぽくすると声が高くなったり、仕草も少し変わるでしょうか。
男性女性を意識せずにやると、身体の力がいい感じに抜けて声も届きやすかったとのことで、それは確かにそうでした。

私たちは普段生きていて、何かを演じさせられているでしょうか。
例えば、いい人を、例えば、男らしく、女らしく、というのを、求められ、演じているでしょうか。
知らず知らずのうちにそういうものを受け入れているのでしょうか。
では、そういうものから解放されることはできるのでしょうか。
それは、どんな風な世界になるのでしょうか。

次回公演のことも見据えて、そんなふうなお話をしました。

2020年11月19日木曜日

シニア劇団の可能性

 1117日 そよ風ペダル 担当 土井

   現代劇場の和室に戻りました。畳の上に横になりストレッチするのは至福の時です。気持ちよくて寝そうです。畳はいいですね、今日は暖かいのに、暖房まで入っていて。寒いのに換気するための暖房がそのままだったようです。

   先週終わった「かんしゃく玉」ですが、リーダーが筒井版「かんしゃく玉」を作ってこられました。

「今時の言葉で発話してもらうとどういうことになるか?」という事を体験してみるのが狙いです。

何度か配役を変えて通しを2回やった後、ラストの3ページの彼と彼女だけの会話を、48人が演じました。

性を考えないでやってみる事がポイントです。

語尾が所々性別を感じさせないものに変わっていますが、やっていてどうだったでしょうか?

「言いやすくなった。」

「女の色気はなくなった。」には、リーダーより「その色気は今は存在しないのではないか?」とコメントがありました。

「男性役をやっていて男性らしくしなくてもいいのかな、とこの台本になって思った」という意見については、「台詞の言い回しをジェンダーフリーにした。演じてみると、そのことによって、みんなが若くなっていく感じがした、これはシニア劇団だからこそわかる感覚で発見」とリーダーより、今回作成した台本の狙いと成果を説明するようなご返答がありました。

シニア劇団特有の可能性が見つかるってなんだかワクワクしてきますね!








2020年11月18日水曜日

日常とつながったまま

11月17日 千年団 担当:飯坂

今日も1チームずつ稽古をしました。
脚本がちょこちょこ変わっています。

千年団は、「この景色、どこかで見たことある気がする」とか「この会話、どこかで聞いたかもしれない」と思うような、懐かしくてちょっと面白い日常の空気感があります。
安心してぼんやり見ていたら、ひゅっと違う方に舵を切られて驚くこともしばしば。
今回も、そういう瞬間が見えてきました。
たまに見える人間の狂気、というと言い過ぎかもしれませんが、変なことしちゃう瞬間ってありますよね。
相手が何を言ってるのかよくわからないけど、なんでそんなことをしたのかよく分からないけど、それ以上突っ込まずに、そのまま流れていく時間。
日常から始まり、日常とつながったまま、どこへでもいける。
その時間の、豊かで愛しいことよ。
このまま稽古を重ねて、どんな風になっていくのだろう。
とてもワクワクしてしまいます。




2020年11月16日月曜日

辿り直す

 11月10日 千年団 担当:飯坂

今日も4時間稽古です。
チームを順番にまわして、それ以外のチームは別のところで自主練習しています。

マスクについての、変遷を考えていました。
最初、2月ごろ、私はマスクしたくない方でした。でもそこから、マスクしないなんてありえないと思う時期もあり、今は時と場所の雰囲気に応じて、そのときに合う方を選べばいいなと思うようになり、、でもこれからまた寒くなって、咳やくしゃみをする人が増えてくるでしょう。
また、「しないなんてありえない」と思うようになるのでしょうか。

このお芝居の中では、マスクに対する考えが登場人物や時期によってバラバラで、そこには演出も演者もとても慎重になっていて、おもしろいなぁと思います。
「あ、あのひとマスクしてない!」とわたしは最近は思わなくなりましたけど、そういう感覚を再現すること。

わたしが通って来た道、誰かが通って来た道、通ったかもしれない道、これから通るかもしれない道を、辿り直すような稽古だなぁと思いました。

私たちの生活

 11月3日 千年団 担当:飯坂

本番に向けて、稽古時間が延長されました。
短編作品が5つありますが、稽古時間は4時間です。順番に稽古をしていきます。

コロナウィルスの中で私たちの生活は、一変しました。一変の度合いは人それぞれですが、足元が不安定で、いつ崩れてもおかしくない日常の中で、それでも生活は続けていかなくてはなりません。

まだ、揺らぐ前。変わっていきそうな日常を見て見ぬフリができそうだったときもありました。
それから、揺らいでしまった渦中。いまは、どうなんでしょう。いまも渦中なんでしょうか。
こうして毎日を過ごして、ここまでやってきました。
それまでに、ご友人が亡くなったり、仕事を失ったり、悲惨なニュースを見たり。
ひとりひとりそれぞれの生活があります。

この短編集では、そういった、本当にありそうな、誰かと誰かの生活が描かれていると思います。
会話の中にしか登場しない人物にも、生活があるのだなぁと想像します。
稽古を見ながら、いろいろ考えてしまいます。

新しい男女のあり方

  1110日 そよ風ペダル 担当:土井

久しぶりの富田ふれあいセンターでの稽古、まずはボールを使ったストレッチから。その後、リーダーから次回の公演についての説明がありました。台本も遠からず出来るようです。目標が生まれるって気持ちが昂ぶりますね。


さて、今日も引き続き「かんしゃく玉」を。やはりカンペイさんにかんしゃく玉の音をお願いしました。

前半は男性が女性の役を、女性が男性を演じます。

かんしゃく玉の音は「完璧」のお墨付きを得ました。

後半に役を変えラストまで演じ、その後はまたこの台本について話し合います。


「だわ、なのよ」これは元来はやんちゃな言葉だったらしいのですが、女性的な表現になっています。しかし現在はあまり使わなくなっていて、話し言葉は男女均一化しているようです。

女性を演じた男性に感想をお聞きしました。

役を想像した、語尾を上げたり下げたり工夫した、演じていて楽しかった、

女性の喋り方をしたら普段言いたい事を言えそう、という意見が出ました。

性があやふやな人からキツい事を言われても傷つかない、だから言いたい事が言いやすいようです。


台本には男女の考え方が違っているやり取りが見受けられます。今も気づかずにこんな男女は多くいます。

「相手を支えなくてはいけない」という関係がそもそも古いのではないか?という話になりました。

彼女は脆そうに見せて、したたかな女だ、という意見も出ました。支えているようで実は手の平で夫を転がす、というやつですね。


リーダーから次期アメリカ副大統領になるであろうカマラ・ルイス氏の演説のコピーが配布され、えっちゃんが朗読。この演説は歴史的な瞬間でした。良きも悪しきもアメリカのスケールの大きさを感じた、という意見もありました。

その後、夫の大統領就任後も教師を続けていくというバイデン氏の妻の話になり、「かんしゃく玉」で出てきた夫を支える妻と対比し「女性の自立」について考えます。夫を支えるだけの妻ではなく、自分の仕事を続けていく妻・・・。

今日で「かんしゃく玉」の稽古は最期です。この台本の世界と世界の出来事がタイムリーにリンクし、感動的な「かんしゃく玉」稽古のエンディングでした









2020年11月5日木曜日

戯曲について語り合う

 113日 そよ風ペダル 担当 土井

今日も「かんしゃく玉」を稽古します。かんしゃく玉が弾ける音役は引き続きカンペイさんにお願いしました。タイミングも音にも磨きがかかってきました。

15時まで前半部分を通し、15時からは役を入れ替えて後半部分を。

今日は芝居の稽古より、話し合う時間を長く持ちました。

「かんしゃく」とは何か?怒った時の破壊衝動、怒りを溜めないようにするもの・・・かんしゃくは最終爆発ではなく、そうならない為の制御行動?昔かんしゃくを振るった家族についてのお話をお聞きしました。認知症の症状であったり、元々の性質だったりもあるようですが、言葉で言い表せないからかんしゃくが起きる気がします。かんしゃくを起こさないという人も、かんしゃく玉を投げる心情は想像する事が出来ます。

 台詞について・・・「おれには友達なんぞ一人もない。」

彼の心情がよく表されている台詞です。

自分の事を思ってくれる人がいない、周りは女性である彼女の心配ばかりしている、友情関係が破綻するのは彼にある男性ならではのプライドを周りも知っているからこそ起こる事・・・と。

 彼女についての考察でも盛り上がり、明るく天然で男性から見たらとても魅力的、だからこそ彼は心配なのだと。「おれの愛し方には欠点もあるだろう。・・・」の部分がこの時代にしては男性が本音で話をしていて好感が持てるという意見がありました。

 最後の場面の芝居のテンポはどうなんでしょうか?早いと彼女の改心が早すぎる気もします。彼の、嫉妬と自分への不甲斐なさに対し、彼女がいい奥さんすぎると彼は甘えすぎて良くない、悪妻の方がいいという意見もいくつか。

 

 戦前にしては現代に近い言い回しをする戯曲ですが、

言葉の扱い方が素敵です。最近のドラマは情報量が多い分、わかりやすいように言葉を簡単にしていて、言葉で遊ぶような事がなくなっていますが、それは戯曲(台本)に限らないようで日頃の会話もそうなってきています。教養があれば言葉で遊ぶことが出来ます。複雑な言い回しだからこそ表現できる心情があるのでしょう。言葉が簡単になってしまっているのは、ネットの影響もあるのでは?という意見も出ました。

 

 先週は男性が女性を演じました。

違う性を演じる事で意識的に或いは無意識に変わる事はありますか?男役をする時は声が低くなったという女性に比べて、

男性は高い声を出したわけではないようでした。統計的に女性の声は低くなっているようです。高い声は可愛らしく振る舞うように躾けられた習慣の結果なのかもしれません。普段の生活の中で知らずに人は演技しているのですね。リラックスすると声は低くなりますがかえって聞き取りやすくなるようです。緊張していてもリラックスした声を出せるようになりたいものです。



2020年11月3日火曜日

二人だけの遊び

10月27日 そよ風ペダル 担当:飯坂

今日も「かんしゃく玉」をやりました。
前回は途中で配役を変えていましたが、今日は最初から最後まで同じ配役でやってみました。
「かんしゃく玉の音」役もあります。
音があると一気に臨場感がでますね。

男性の役を女性がやったり、女性の役を男性がやったり。
人前では隠れされる怒りがかんしゃく玉を投げる行為と音によって一気に表面化される瞬間は、何度見てもとても面白いです。
怒りとの向き合い方。二人だけの遊び。かんしゃく玉、とても面白いです。

スナックとかバーとか女性が働くこととか、その時代ではどういう意味を持っていたのか、想像したり皆さんの記憶をシェアしたりしました。
そうすることでより一層、登場人物の怒りがわかってきたような気がします。

2020年11月2日月曜日

短編作品

 10月13日 千年団 担当:飯坂

配役が決まり、稽古をしています!
今回は短編作品をいくつか上演します。2人芝居もあれば、5人くらいの芝居もあります。
それぞれ、難しさと楽しさがあります。

千年団は日常の空気感のなかに、たまにぬるっとした違和感があったり、ピリッと刺激がきたり、日常だったはずなのにいつのまにかちょっと違うところにいる、、みたいなおもしろさがあると思っています。
その違和感や刺激をどう扱うのかがとてもミソだなぁと思います。

短編作品なので、稽古は時間を区切ってまわしていきます。
他はチームごとに自主練習を。これからどんなふうになっていくのか、とても楽しみです。

ごっこ遊びの感覚

 10月6日 そよ風ペダル 担当:飯坂

今日も『三つの宝』をやりました。
前回の『女中たち』に続き、「ごっこ遊び」の感覚を検証している一面もありました。

いつから「わざとらしさ」が入ってくるんだろう、とぼんやり考えていました。
子どものころ、親の気を引きたくて「わざとらしく」振る舞ったこともありますが、幼稚園でごっこ遊びをしているときは、自分の中の像を引き出して、それに近づくことに熱中していたように思います。
そういうのではなくて、「こんな感じでしょ?」と少し過剰に振舞うと(=わざとらしく?)真似になるのかなぁと思ったり。
他者の目があるか、ないか、ということは関係しているかしら。同じごっこ遊びをしている人は別にして、それを見ている目とどう向き合うか?

はたまた演技するってどういうことなのかしら?

くっきりと線を引いて区切ることはできなさそうな、ごっこ遊びと真似の間を行き来して、いろんな脚本を読んでいます。