先週から始まったボール体幹体操で今日も体を暖めます。
新しい動きも出てきて、みなさん少し息が切れていますがとても楽しそうです。
でも体操ばかりしていたら、劇団ではなく体操クラブになってしまいますから演劇のワークに入りましょう。
毎回ワーニャ伯父さんからテーマを取って、脚本創作のためのエピソード集めのためのお話し合いをしています。
次回作品の内容に関わりそうなので、ここでは書くのを控えていますが。
今日は思うところあって少しだけ。
テーマはみんなにわかってもらえない、自分のハマっていること、もしくはみんながハマっているけど、自分には全く興味のわかないこと。
例えば周りが野球とかサッカーの話をしているけど自分は関心がない。
自分は韓流ドラマが好きだけど、周りがこの魅力を共有してくれない。
ふっと気になりました。
いまこの時にやっている演劇はみなさんの周りにどう受け止められているのか。
演劇に対するイメージって特殊なものなのではないかと。
メジャーどころの宝塚や劇団四季を好きだという人がいるとして、
人とは違った趣味をお持ちなんですねって言われてしまいそうだなと。
演劇に対して親近感がわかないというか、日常生活の中に馴染んでない。
舞台は非日常だと思われますが、日常の延長線上にあるはずで。
以前にも書きましたが演劇は日常を豊かにできるものだし、そうあるべきだと思います。
演技を実際してみると普段見えない自分が見えてきたり、
今までとは違う他人やものごとへの見方ができるようになります。
舞台に立つという目的がなくとも、演劇に関われる機会がもっと増えれば何かが変わるかもしれません。
演劇に今関わっている人たちの間でも、「舞台を作る」といったこと以外に価値を見いだせると敷居は下がるのでは。
演劇は人間を扱うことなのですから、本当はとても身近なはずなんですがね。
今日の演技ワーク(というか実験ですね)はプロンプターが完全にセリフを担って、演じる人は動きだけで表現する。
セリフ内容に意識を向けて、口パクでセリフを言っているということにすると動きがなくなります。
かといってセリフをジェスチャーや手先に変換したところで、やはりそれはセリフ(言葉)の表現で動きではないように感じます。
セリフを離れて動きだけを生み出す。
演技のワークでいろんな音に反応して体を動かし表現するというのがあります。
プロンプターから受け止めるものを、セリフ内容だけでなく
声もしくは音も取り入れると何かが変わってくるかもしれません。
そのためにはプロンプターも脚本を読んで文字情報を伝えるだけでなく、
声の演技でいろんな情報を伝えなければなりません。
セリフを音声化する、そこにも何かしらの課題が隠されていそうな気がします。
たくさんの課題が詰まった興味深い稽古でした。